未来へのビジョンを描き、今を生きる
― 今、私たちが「そうありたいと愛し、憧れ、意図するもの」が未来を創っている ―
望ましい未来とは
皆様にとって、
今、「そうありたいと愛し、憧れ、意図するもの」は、どのようなことでしょうか?
ひとり一人の個人にとっての望ましい未来
そのひとり一人が集まった特定の集団にとっての望ましい未来
地球上に生きるすべての人々にとっての望ましい未来
地球上に生きる多様な生命も含めての望ましい未来
私たちひとり一人は、人生の折々に、
「自分は、なぜ生まれ、何のために生きているのか」と自問し、
それまでの自分の考え方や行動を見直して、生き続けてきています。
そして、
「こうありたい」と願う自己の理想像や、
「こうあって欲しい」と願う世界の理想像を必要とします。
「夢」とも表現されるものです。
それらの基盤は子ども時代に形成され、自己検証、自己肯定、自己修練、自己発展という不断の努力を重ねながら自己を変革しつづけ、人間らしさを育ててゆくのが人生なのだそうです。
「人生の本舞台は常に将来に在り」と尾崎行雄が残したように、生きている限り「人間らしく」なる努力を続けるのが人間として生まれた意味のようです。
ルイス・マンフォードは人間を動物と区別できるのは、遊び好きと技芸好きとまねする性質、そして、聖なるものを夢みる能力―自然のなかに、両眼で見えるもの以上のものがあるという直感をもった唯一の動物であると指摘しています。
20世紀中頃に、米国で初めて「土地の倫理」、即ち、あらゆる生命が共生する土地共同体の一員である以上、人間の行動にはおのずと制限が加えられると唱えたアルド・レオポルドは、その後の欧米の自然保護運動や環境保全運動に影響を与えた人です。彼は、「土地の倫理」の進化は、知的な過程であると同時に感情の過程でもあり、「環境が奏でるハーモ二―を精神の目で知覚できる能力を滋養する」ことが重要であるといっています。しかも、その能力は、富や学位では得られないものであり、また、今までの科学が向かってこなかった分野でもあると指摘しています。
同じ頃に、今西錦司は、「社会の拡大、即ち、文化の拠ってたつ基盤の拡大につれて、その文化はより広い、より共通性の高い人間性に依存しなければならないとうことになり、実際、文明社会になってからの人間の歴史はこうした方向に向かって動いているようにみえる。科学も技術も、もとは国という一つの社会の安寧と存続とに貢献するため、つくりだされた文化であったかも知れないが、いまではすでに国の枠をこえ、人類社会の全体にわたった人間性を、問題にしなければならないところまできている。」と、指摘しています。『私の自然観』(筑摩書房 1966)
今、身近な場所や、地球規模で起こっている自然資源や環境の問題も、人間社会で起こっている様々な問題も、すべて人間自身が起こしている問題です。小手先でテクニカルに解決できる段階を超えてしまっていることを自覚し、本質的な問題に正面から取り組む時がきています。
私たちヒトを誕生させた母胎である地球、また、私たちが生きるために全面的に依存している大気、水・海洋、多様な生命や生態系を、修復が困難になるほど破壊し過剰消費をしているのは、
これまでの私たちが「そうありたいと愛し、あこがれ、意図するもの」を実現させてきた結果であること、即ち、願いや感情や情念を具体的に表現したものであったことの歴史的事実をまず理解し受け止めることから始めましょう。
そして、
これからの、私たちヒトを誕生させた母胎である地球、また、私たちが生きるために全面的に依存している大気、水・海洋、多様な生命や生態系を考慮しつつ、人間として生きるための、
「そうありたいと愛し、憧れ、意図するもの」を創ってゆきましょう。
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私たちは46億年の歴史を背負って生きています
地球が誕生したのは今から46億年前だそうです。生まれたばかりの原始太陽のまわりにあった膨大な数の微惑星が衝突・合体することにより原始地球ができたようです。 誕生直後の地球は熱いマグマの海におおわれていて、微惑星の衝突がおさまるにつれて冷えはじめ、薄い地殻が形成されたのでした。
さらに、水蒸気と二酸化炭素からなる原始大気から大量の雨が降り注ぎ、海が誕生し、海ができてより大気中の二酸化炭素は海に溶けはじめ、空は 青く晴れ上がり、青い地球となったのでした。このころ、約38億年前頃に、原始の海の中で、最初に生命が誕生したといわれていますが、それは核に膜をもたない 単細胞の生物であったようです。
そして、原始生命は、はじめはゆっくりと、ある時期から爆発的な進化をとげ、やがて、陸上に進出したのでした。今からおよそ5億7000万年前の先カンブリア時代の終わりには、ほとんどすべての海洋動物の祖先が出そろっていたようです。そこから新しい種の誕生と絶滅を繰り返しながら、自然環境の複雑化に適応してより複雑な体系をつくりあげ、適応放散をとげながら、現在のような多様な生物を創りだしてきています。
現在の地球上の生物は、モネラ界、原始生物界、菌界、植物界、動物界の五つに分類されています。最も種類数が多いのが昆虫で75万種強、植物(多細胞植物)で25万種弱、昆虫以外の節足動物が12万種強、魚類が2万種、両生類が4千種、爬虫類が6千種、鳥類が9千種、哺乳類が4千種。未知の種はまだまだ地球上の存在しているのですが、発見する前に人為の自然破壊で消えてしまうことが懸念されています。


故三木茂夫博士の残された小さな本『胎児の世界―人類の生命記憶』(中公新書)には、胚発生を解剖して見えてきた神秘的な事実が詰っています。
母胎内で受精した卵の生長している過程は、太古の海に誕生した生命が悠久の時の流れを経てホモ・サピエンスへと進化する過程を再演していることであったと、書かれています。そして、人間社会にある「見てはならぬもの」の中でも最も厳粛なものが母胎の世界であり、永遠の神秘のかなたにそっとしまっておくのが人情ではないかと、最後に結んでいます。
宇宙から誕生した地球が刻んできた46億年の生命の歴史は、私たちの身体に刻まれているというわけです。
このように地球の歴史を体内に秘めて誕生するヒトが他の生物と違うのは、他の動物に比べてかなり未発達な段階で生まれ、次の世代を生み出す成熟までの期間が長いことにあります。この長い幼年期こそは、母親との親密なふれあいは他へのやさしさの感情を育み、「遊び」を促進することになり、そして自己発展の基礎を築く時期、即ち、「人間らしさ」へと発展する核を育む機会となるわけです。
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人間が起こしている問題―身近なところで、地球規模で、
生命の歴史の一番最後に誕生したヒトが、自分達を生み出した母胎であり、生存の基盤でもある、永い時の流れを経て宇宙や自然が創造してきた海洋や大気や多様な生命・生態系を不可逆的なレベルで破壊し、現在の深刻な問題を起こしています。
私たちは生きるために空気を吸い酸素を血液に取り込み、二酸化酸素を出しています。
そして、朝起きて水を飲み使い、他の生き物を食べて栄養や活動のエネルギーに代謝し、その不要物を排泄し、夜に睡眠をとります。衣服や住居や多種多様な活動のために自然資源から人工物を製造し、移動や活動のためのエネルギーを生産してきています。このようなひとり一人の行為が、自然環境のもつ消化或いは浄化容量内で収まった時代は20世紀前半までのことでした。
その後、急激に促進された化石燃料消費と大規模な工業化製品の生産・消費・廃棄の産業構造は、身近なところから地球規模までの自然環境を量と質の両面から大幅に変えてきてしまっています。もし、欧米人や日本人の現在のような生活様式を世界の人々65億人が行なうと、地球がもう二つ必要であるといわれるほどになっています。
このような量の拡大化は、質の不可逆的変化をもたらしているようです。自然環境を物理的に大幅に破壊し改変された状況は、人間や生物の住む場が失われるだけなのでしょうか。有害化学物質は人間や生物の体内に入り込み化学的変化を起こし,その個体の体を蝕むだけなのでしょうか。多分、いずれも見えないために十分な調査や証明の難しいのですが、人間の精神的な、心理的な側面に何らかの悪影響を及ぼしているのではないでしょうか。この問いはこれから真剣に取り組まれるべきと考えます。
38億年の生命の歴史が創りだしてきたものは、
多様性であり、共生的であり、創造的であり、審美的あり、ダイナミックさです。
地球上に存在している人工物はすべて、
人間の“思考”が作り出したものであり、
破壊的な思考から生産された人工物は破壊的な人工物となり、
地球の歴史が生み出した資源や環境に還元され得ないものばかりです。
そしてその人工物の量が、地球の生態系や生命系が生み出してきた生命体を衰退させてきています。
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私たち人間社会で起きている三つのつながりの崩れの再構築には風土の力を、人間の共感心、創る力・生きる力を、取り戻すことから始まるのではないでしょうか
私たちの暮らしの中にテレビやITが入ってきたことで、居ながらにして地球の反対側の天気や人々の様子を知ることができ、貴重な遺跡、珍しい自然や生き物を見ることができるようになりました。しかし一方で、隣近所とのつながり、地域文化とのつながり、そして、身近な自然とのつながりが崩れてきてしまっています。
路傍の小さな草花、小川の蛍やメダカやキセキレイ、林や草原の木々や草花やカブトムシやアゲハチョウ、カッコウやモズ等が消えてしまい、アスファルトに覆われています。また、外来植物や外来動物が、日本の各地で繁殖し、日本固有の植物や動物を駆逐し、固有の生態系を壊してきています。更に、各家の庭や室内には海外から輸入された植物や動物が栽培され飼われています。日本特有の文化を創りあげてきた背景には、日本特有の自然が存在していたという重要な視点を誰もが忘れてしまったようです。そうです!日本各地の特有の自然環境=風土は多様な生活様式や多様な地域の文化を育ててきていたわけですが、その「風土の力」を衰えさせてきているようです。
日常生活の食べ物である、お米や、野菜や、魚や、鶏肉等の食べ物が、実際に栽培や飼育の現場が生活の場所と離れすぎてしまい、自分が”他のいのち“を頂いて生きているという最も大切な事実が見えなくなり感じられなくなってきています。
このように、私たちの日常生活が極端に工業化されてきたことによって、人と人との関係が、人と地域文化との関係が、そして、人と身近な自然との関係が、崩れてきているようです。「風土の力」を取り戻すことによってこれらの崩れを再構築してゆく可能性があるのではないでししょうか。
「共感と感情移入は、想像力と愛情をもって他の人々の生活に自分の身を移してみる能力」のことですが、工業化社会ではそれらが壊れてきてしまっているようです。この傾向は、経済大国第一位と第二位の米国と日本において国内における貧富の差の大きい国第1位と第2位という矛盾を引き起こしています。
この傾向は、経済大国第一位と第二位の米国と日本において国内における貧富の差の大きい国第1位と第2位という矛盾を引き起こしています。
そして、この状況が引き出す破壊的な思考や暴力的な行動は、未来の命を育む可能性を秘める女の子を力ある大人や若者が痛めつける事件、こどもがこどもを簡単に殺してしまう事件、責任ある立場の大人がその責任の重さを自覚できずごまかしてしまう事件、などを起こしています。日本各地で、細く鋭く突き刺さるような痛みを感じる事件が頻繁に起こっています。これは人間の歴史の本質的な方向ではないはずです。
今西錦司は知的生産技術セミナー(1979年4月11日)で講演された際に、ある技術者からの「先生の方法は他人に伝えることができるのか?」という質問に対して、ある図を描いて、「技術とは違った伝え方だってある」と、返答していました。
学問の分類
フィジィックス メタ・フィジィックス
自然科学 形而上学(経験から抽出)
還元論的立場 全体論的立場 (ホーリズム)
因果的解明法 類推的解明法
プロセスを分析 コースを直感(修業から会得)
テクノロジーと直結 世界観の把握(思想)
今西錦司は、学問の分類として説明されましたが、これは人間の「生き方」につながる視点ではないでしょうか。現代は、ひとり一人が生を通じて独自の世界観を創りあげる過程が無視されているのではないでしょうか。
今西錦司 『私の進化論』 2000年 新思索社より
地球の、生命の、人間の歴史を注意深く振り返ってみますと、多様な生態系を、多様な生命を、創り出してきた流れは、「聖なるものを夢みる能力―自然のなかに、両眼で見えるもの以上のものがあるという直感をもった唯一の動物」である人間を誕生させ、「共感と感情移入は、想像力と愛情をもって他の人々の生活に自分の身を移してみる能力」を育んできたようにみえます。
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過度な工業化社会の行く末を懸念していた人たち
欧米では地球規模の資源や環境に関する持続性について、どのように考えられ、取り組んできているのか、その概要を把握したうえで、日本の持続性を考える必要があると思いました。そこで、10年前に菅野暁太氏に協力していただいて、戦後の1945年から1980年頃までの文献調査をしてみました。(1980年以降は膨大な論文や書籍が出ていますし、日本語版も出てきていますので、日本ではまだ地球規模の問題に目覚めていなかった時代に絞ってみました)。その中から100冊を入手し、その中から二十数冊の要旨を整理しながら、どのように国際的な規模での取り組みを行い、20世紀のパラダイムから21世紀のパラダイムへとシフトする努力がなされてきているのか、考えてみました。その概要を次のような形でここに紹介してみます。
- 1945年以降の欧米の持続性に関する論文・研究の概要
「地球環境と開発に関する政策課題を考える― 地球と人間の安全保障における日本の役割 - 20世紀後半から始まったパラダイム・シフトを、私たちはどのように引き受けるのか」
※ この資料は、10年前の資料を再編集して、2006年7月18日に新JCSDインフォーマル会合において配布したものです。
- 1945年以降の地球規模の資源と環境の持続性に関する国際的対策概要年表
このようにすでに、欧米では、第2次世界大戦直後から、地球規模の資源と環境における持続性を懸念する人々が様々に問題を警告していたことがわかります。1945年前からもそのような思考はすでに存在していたはずですが、当時の日本において、そのような人たちに目を向けることはなかったのでしょうか。この問いもこれから取り組んでみたいものです。
ここでは、特に、自然と人間の心との関係について言及している人の言葉を紹介してみます。今の日本社会にぴったりするようなことばかりで、驚きます。
エレン・スワロー(Ellen Swallow)は、19世紀に女性として初めてMIT(マサチューセッツ工科大学)を卒業し教官となった科学者です。彼女は、すでに当時米国内で始まっていた細分化された諸科学を総合化し、生活と環境の科学エコロジーを創造するために生涯を捧げました。(1842年生まれー1911年死去)
「 いくら正しい方向にであろうと、外部から引きずるのではなく、内部から発展するのが人間の発展の正しい方法です。、、、権威とは、まさに外部から強制するものです。その結果、たんに権威に服するだけで、その基礎にある原理に服するのではないということになるとすれば、それは個人の生活における力とはならないでしょう。」p268
「 スピードがいまや合言葉になっています。だれもみな、自分がどんな障害を引き起こしたか立ち止まって見ることさえできません。成功する! がモットーになっているようです。こうした金銭と権力の争奪戦のなかで、本当に生きることの目的が見失われてしまっています。、、、
ものの見方の変化は地下で根を張るように進んできましたが、突然あらゆる方向に若枝を張り出したように思われます。こうした変化が他のどの方面にもまして広範に生じたのは、子供たちが教わるべき事柄に関してです。子供たち自身とその環境に対する関係が、そのものとして正面から取り組まなければなりません。、、、
非常に鋭敏であるべき年頃に、子供たちの感性が鈍らされるようなことがあってはなりません。」p269
「 状況があまりにも急速に変化するので、、、大人たちはそれについていけないほどです。、、、親たちのやり方は、子供たちが成人する以前に役に立たなくなります。、、
学校というものは種々の略奪的な考え方に対して防備するべきですが、それはまた人々が進歩という効しがたい車に押しつぶされることがないよう保護すべきものでもあります。」p270
「 学校は、、、時間とお金を浪費し、相互関連の欠如した学習のカリキュラムによってせきたれられており、、、、、、さまざまな勉学を関連づける時間がほとんどありません。、、、、人々が環境との調和を達成するためには、、、、何百万人もの感受性の鋭い子供たちが日常生活のなかで役立つ最良の知識を身につけられるようにする、、、、、媒介的なステップが必要です。」p270
『エコロジーへのはるかな旅―学際科学の創始者エレン・スワロー』R.クラーク(工藤秀明訳、ダイヤモンド社、1986
アルド・レオポルド (Aldo Leopold) は、米国で初めて「土地の倫理」、即ち、あらゆる生命が共生する土地共同体の一員である以上、人間の行動にはおのずと制限が加えられると唱え、その後の欧米の自然保護運動や環境保全運動に影響を与えた人です。彼によれば、「土地の倫理」の進化は、知的な過程であると同時に感情の過程でもあり、「環境が奏でるハーモ二―を精神の目で知覚できる能力を滋養する」ことが重要である。しかし、それは富や学位では得られないものであり、また、今までの科学が向かってこなかった分野でもあるという。(1887年生まれー1948死去)
1949年発刊の著名な「 A Sand County Almanac : And Skeches Here and There (野生のうたが聞こえる)」(Oxford University Press,森林書房1986)から引用してみます。
「 生きとし生けるものはみな、安全、繁栄、安楽、長寿、安心を求めて闘っている。、、、だが、すべての帰するところはひとつだ。みな、自分が生きているあいだの平和を願っている。このような尺度で事の成否を測るのは、それはそれで結構だし、物質本位の考え方にとって不可欠のことであろう。だが、過度の安全確保は、長い目で見ると、危険しか招かないように思える。おそらくこれが、「野生にこそ世界の救い」というソローの至言の背後にある思想であろう。そしてまた、これこそ、オオカミの遠吠えのなかに隠れている意味であり、山はとっくの昔に知っているのに、人間にはほとんど理解されていないことなのではなかろうか。」p208
「 巨大なオーケストラの楽器になぞらえることができる植物、動物、土壌の各構造を調べる仕事をまかされている人々がいる。その人たちは「教授」と呼ばれている。各自がひとつの楽器を選び、ばらばらに分解して、弦は弦、共鳴版は共鳴版に分けて個別にその構造を記述することに生涯を捧げる。分解の過程を「研究」と称する。分解する場所は「大学」と呼ばれている。
教授が自分の楽器の弦を引くことはあっても、他人の楽器の弦に触れることはないし、その音色に耳を傾けても仲間や学生に教えたりは決してしない。楽器の構造を調べるのは科学の領域だが、ハーモニーの感得は詩人の領域だとする厳しいタブーにより、こうしたことはすべて慎まれているからである。
教授たちは科学に奉仕し、科学は進歩に奉仕する。科学の進出に対する奉仕ぶりは実に見事で、遅れた土地にこぞって進歩を広げることに急なあまり、比較的複雑な楽器の多くはないがしろにされ、壊されてしまった。こうして、幾つもの川の歌の歌詞から、細部が消えていった。教授は、壊される前にそれぞれの楽器を分類することができれば、それで十分満足なのである。
、、、科学が切り開いた事実に、例えば次のような論理がある。どの川の沿岸にももっと科学の進歩が必要という論理だ。快適な生活は、こういう論理の鎖を際限なくつなげていくことにかかっている、というのである。だが、それと同じく、川と過ごす快適な生活とは、川の音楽を聞く耳と心をもち、そのために川の音楽を保存する努力にかかっているとも言えると思うのだが、これは科学の領域ではまだ受け入れられていない問いである。」p240-241
「 、、、義務は良心を伴わないことにはなんの意味もない。社会的良心を人間にだけでなく土地にまで拡張することが、われわれ当面する課題である。誠実さ、愛情、信念といった、人間の知性が強く働く面に内面的な変化が起きないことには、倫理感の重大な変化が起きたためしがない。自然保護がまだ、人間の行動の根底に触れていないことは、哲学や宗教がいまだこの問題を扱ったためしがないのが何よりの証拠だ。自然保護をやさしいものにしょうとしたばかりに、矮小化してしまったのである。」p322
「 つまり、土地倫理(ランド・エシツク)とは、生態系に対する良心の存在の表れであり、これはまた、土地の健全性に対する一人一人の確固とした責任感をも示している。健全とは、土地が自己再生する能力を備えていることである。自然保護とは、この能力を理解し保存しようとするわれわれの人間の努力のことである。、、、」p337-338
「 土地に対する愛情、尊敬や感嘆の念を持たずに、さらにはその価値を高く評価する気持ちがなくて、土地に対する倫理関係がありえようとは、ぼくにはとても考えられない。なお、ここで言う「価値」とは、、むろん、単なる経済的価値よりも広い意味の価値である。人間だけの都合ではなく、もっと虚心坦懐な意味での価値のことを、ぼくは言っているのだ。
土地の倫理の進化を妨げている最も重大な障害は、われわれの教育及び経済の機構が、土地を強烈に意識するのではなく、むしろ遠ざける方向に向いているいるという事実にあるのではなかろうか。現実の世界は、数多くの仲介者や無数の道具のおかげで、誰しも土地から隔てられてしまっているのである。人間は土地と血の通った関係を持たなくなってしまった。たいての人には、土地とは都市と都市とのあいだにある、作物の育つ空間にすぎない。、、」p342
「 倫理観の進歩に役立つよう打っておくべき「奥の手」は、一言で言えばこうだー適切な土地利用のあり方を単なる経済的な問題ととらえる考え方を捨てることである。ひとつひとつの問題点を検討する際に、経済的に好都合かという観点ばかりから見ず、倫理的、審美的観点から見ても妥当であるかどうかを調べてみることだ。物事は、生物共同体の全体性、安定性、美観を保つものであれば妥当だし、そうでない場合は間違っているのだ、と考えることができる。」p343
1956年、米国の在野の思想家であり、米国の第一級の文明批評家であるルイス・マンフォード( Lewis Mumford )は、“ Transformations of Man ”(日本語版『人間―過去・現在・未来』岩波新書)の中で書いています。
「 なぜなら、こんにち、人間らしさは、今までの歴史のどの時代に出あったよりも、いっそう根本的な野蛮状態に逆転する可能性によっておびやかされているからである。たとえ文化はそれ自身、累積的傾向をもっているにしても、それを継承する過程のなかでは、各世代は、新規まきなおしを始めるのである。
(「一つ一つの世代は、“あかつき”人の最初の努力をくり返さなければならない。」(p38)
両親の愛情、子供の尊敬、未来へのたしかな感覚、これらがなければ、人間になろうとする努力そのものが、失敗におわるであろう。機械じかけ、自働じかけへの過度のもたれかかりによって、われわれの世代は、人間らしさを養い育てる秘訣を喪失しはじめている。
というのは、共同社会の各メンバーが感受性を豊かにし、やさしさを深め、想像力を伸ばし、道徳的責任感を強くし、自己統治能力をそなえ、人間の理想像を模倣し、人類の理想的実例に自分を同化させるように素質づけられる諸条件に対して、あまりにもわずかな関心しか払っていないからである。」(p15)
「なぜなら、文化は、単なる人間のありのままの過去と現在だけでなく、人間がそうありたいと愛し、あこがれ、意図するものをも含んでいるからである。」(p13)
「人間は、ただの応用的知性以上のものによって生きるのだということを学ばないのだとしたら、われわれは歴史的経験からなにひとつ学んだことにならない。」
1962年に歴史的な本、「 Silent Spring (沈黙の春)」を発表したレーチェル・カーソン( Rachel Carson )は、こう述べています。
「 人間は自然の一部なのです。自然を敵にまわしてたたかいをいどむということは、とりもなおさず自分自身をも傷つけることになるのです。」
「 わたしたち人間は、この地球上でおこなうひとつひとつの行動に十分な注意をかたむけなければなりません。」と。
1974年、生物学・人類学・精神医学と幅広く深く探求した思索家、グレゴリー・ベイトソン( Gregory Bateson )は、“ Mind and Nature: A Necessity Unity “ (『精神と自然―生きた世界の認識』(新思索社)の中で書いています。
「 生物世界と人間世界との統一感、世界をあまねく満たす美に包まれてみんな結び合っているのだという安らかな感情を、ほとんどの人間は失ってし まっている。われわれの経験する限られた世界の中の、個々の些細な出来事がどうであろうとも、より大きな全体がいつでも美をたたえてそこにあるという信仰 を失ってしまっている。
目を広く見開いてみよう。かつて世界中にあった(そして今なおあり続けている)さまざまな認識論の中で、最終的統合をうたっているものがいか に多いか。まったく対照的といえるほどかけ離れた認識論であっても、この大きな軸だけは共有している場合がほとんどである。しかもその多くが、最終的統合 の姿を美とみているのである。最終的統合の輝きが、かくも大きな普遍性を持っているということは、現代に君臨する量の科学ですらそれを消し去ることはでき まいという希望を与えてくれるのである。
美的統一感を失ったとき、われわれは認識上の大きな誤ちを犯した。この考えが私の思索の根本にある。昔の認識論にもいろいろ狂ったところはあったが、そのどれと比べても美的統一感の喪失の方が重大な誤りだと私は信じている。」
1974年、経済学者のE.F.シューマッハー( E.F.Schumacher )は著名な書”Small is Beautiful- A Study of Economics as if People Mattered ” の中で、工業化社会のもたらす人間性の危機を警告しています。現代は、形而上の病気にかかっていて、人間のもつ貪欲心、嫉妬心、憎しみのこころ、肥大する 欲望等が知性を破壊してきた。今こそ、手遅れになる前に自然から学び直し、人間が歴史を通じて獲得してきた、知恵、正義、勇気、節制という素晴らしく行き とどいた現実的な教えを見直すことが早急に必要とされていると述べています。正義は真、勇気は善、節制は美と結びつくと。そして、なによりもまず、各自が 自分の心をととのえることから、危機への解決の行為が始まると説いています。
1977年、イディス・コッブ( Edith Cobb )は、“The Ecology of Imagination in Childhood” (『イマジネーションの生態学―子供時代における自然との詩的共感』新思索社)を、芸術家や音楽家、文学者等の子供時代を描いた370冊以上の本を読み、実際の子どもたちにも接しながら、35年以上の年月をかけて書き上げました。
彼女が探求しようとした二つの課題は、明らかにするのが容易ではないものでした。ひとつは、人間に共通のものであり、かつ、人間の生物的条件で もある長い子ども時代の特質の意味を明らかにすること。もうひとつは、精神的な健康について考える時の糸口が子ども時代に生じてくる内発的な創造力をとも なった想像力の中に存在すること明らかにすることでした。
つまり、コッブさんは、スワローが生活の科学の、レオポルドが土地の倫理の、マンフォードが歴史の、カーソンが科学の、ベイトソンが人類学・精神医学の、シュマッハーが経済学の知的最先端で指摘したような工業化社会の秘める危険性を、子どもが育つ時の環境と人間の深層形成に結び付けて探求したのでした。
コッブさんはこのように言っています。
他の人々への共感心ややさしい感情を育てることが、生物のヒトとして生まれ人間として自己創造してゆくときの鍵であり、現代こそ、共感をとも なった謙虚な知性を世界に解き放つ時であると。そのような謙虚な知性は、母親と幼児の関係に始まり、その子どもが育つときの環境とのすべてとの身体的交流 によって養われる。
生を受けた子どもは、生きてゆくためにはまわりにあるものを知ろうとする。知るために、子どもは五感を含めた身体のあらゆる感覚を使う。それ ゆえに、子どもの体験は、直接的で感覚的なものであり、形式的なものでも抽象的なものでもない。しかも、自然のものと人工のものとも分けていない。子ども の知り生きるという力は、「創る」能力でもあり、知覚された世界の中で学び、考え、意味を想像する力であり、創造性とつながる。これは、もうひとつの学習 能力、世界について他人が解釈したものを暗記し記憶する能力とは全くことなる。
周りの自然の中で知りたいと思ったものになるという遊びを通して、自分の身体が自然と調和していると知覚する。このエコロジカルな感覚は、審 美的なものであり、喜びに満ちあふれ、「創る」能力を活性化させる。身体が自然と調和するという知覚体験とは、その自然の「場の精神」にふれることであ る。この「私たちの人生における最初の詩の心」の体験は、言語によって認識されるのではなく、はるかに深くしみこんで、人間以外の存在とその深遠な価値の 目覚めへと導き、一生を通じてその人に影響しつづける。自然の地平線と精神の地平線は、「エコロジカルな劇場」において、こどもの知覚劇場において出会 い、統合されるのである。
こどもがなにげなく模倣し遊びながら知覚劇場において創りあげている想像の世界は、その子がそうありたいと愛し憧れ意図するものの反映である。そのそうありたいと意図する想像の世界は、やがて大人になり、自己実現に向かう時の目標になる。だからこそ、子ども時代のもつ意味を、ひとり一人の人 間性の発達と、文化の発展の観点から、今まで考えられてきた以上に真剣に見直し、こどもの育つ環境を整える必要がある、と。
最後にこのように結んでいます。
「 もし、文化の方向が、共感をともなった謙虚な知性を、人間の重要な生存機能としても使いたいという人間の願いとして認識されれば、そして、私たち自身がこの大きく広がっている可能性を慈しみ育み広げるのは人間自身の内的な衝動なのであると自覚されれば、現在、社会構造を支配し、他の動因を抑圧している経済的動因の協力を得ることもできるのではないだろうか。生と死の対比は、戦争中でさえ、人間の養育するという内的欲求を呼び起こす傾向にある。それ故に、学習の新しい技術へと導くような、新しい癒しの方法を発達させることになる。このような状況が優勢となった時、私たちの住むこの特有のエコロジカルなニッチェである世界は、キーツを再び引用すると、真の「魂つくりの谷間」となるだろう。 今日、私たちは、この創造的な内的衝動を世界に解き放つ位置にいる!!!」
現在、世界の中で技術・経済・政治の面で圧倒的な力を誇る米国。その社会で地位的に物質的に恵まれた家族に生まれ育ったひとりの女性 が、40代に精神衰弱にかかったのをきっかけにして、「生まれたからの生活体験を通じてかたち作られたこころの核を相対化することによって、人間としての 普遍性を獲得しようとする意味」を研究するために、残りの人生を献げたのでした。彼女は、深く自分を見つめ直し、多くの子どもの成長過程を見つめることに よって、それらとエコロジカルな関係にある社会の問題を見つめたのでした。
彼女が残していった願いを、私たちは正面から受けとめ、現代社会に内包する危険性に対応し、未来に向けて、「真の魂つくりの谷間」へと今の社会を変えてゆく努力を重ねるのが、今を生きる私たち大人の責任ではないでしょうか。
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地球環境と人間の安全保障に向けて 日本の多様な人々の努力と今後の課題
カナダのヨーク大学環境学大学院修士課程を終えて日本に戻り、エール大学森林・環境学部教授による日本の自然観・動物観の調査を手伝っているころ、1987年頃は、日本の右肩上がりの経済成長のピーク時であり、バブルのはじける寸前でした。冷戦構造が崩壊し始めていたころです。
世界各地の資源と環境に対して、日本の経済活動が影響を及ぼしていて、海外では問題になっていたのですが、国内ではその認識が低く、国内の公害問題は解決されたといわれていました。また、1987年環境と開発に関する世界委員会(WCED)報告「Our Common Future」(ブルントラント報告書)を作成し持続可能な開発を提案しましたが、バブルの大波にのみ込まれてしまったようでした。
このような時代に、私は、民間非営利で、独立した立場で、超党派の、政策研究センターで、地球環境と開発の問題に取り組む米国の組織、世界資源研究所(WRI)の一員として、日本の政府(立法、行政)、企業、学術界、市民団体、メディアに対して、地球環境に関わる対策を推進するように働きかけることになりました。
ところが、WRIの特色である、(1)地球資源と環境の持続的なマネージメントの視点で、(2)政策的なアプローチの観点で、(3)独立した立場(政府でもなく、企業でもない視点)で、という3点は、当時の日本においては殆どゼロに近い状態でした。
即ち、前述しましたように、日本政府も企業も、日本の経済活動が地球規模の資源と環境に悪影響を及ぼしている事実に対する問題意識が低く、1989年5月の「ニューズウイーク」で、“日本はエコアウトロー”と名指しで批判されていたほどでした。また、行政府の政策に関して政策分析し、異なる意見を述べたり、代替案を提案することは、アンチ政府としてしか理解されず、大学や研究機関の学者は、二つにはっきり分けられているような状況でした。更に、政府の視点でなく、企業の視点でもない立場で、自然や環境、人間の安寧のために長期的視点で取り組む存在-NGO/NPOや市民団体の役割の重要性に対する認識はほとんどない状態でした。
従って、私は、1980年代後半から、この3点が日本社会で育つために、いろいろな方々と協力し、支援をいただきながら、働いてまいりました。
その際に、私は自分の役割は、固くなっている畑を耕すことではないかと思いました。つまり、自分自身がそれぞれのテーマの専門家になって前線で進むのではなく、多様なアクターが生まれて活動できるように地ならしをし、ここにこんな興味深く重要なテーマがありますよ、と呼びかける役割、或いは、知的マーケットを示して広げる役割を果たそうと。そうすることで、3つの無の社会を少しでも変えて行くことができないだろうかと思いました。
その過程の詳細は改めて紹介させていただきます。
20年後の2006年秋の現在、3分野は、大きな前進を見せています。
例えば、地球規模の開発と環境の問題においては、気候変動の危機を日本人の約70%が感じているとの調査結果が出ていますし、京都議定書が発効され、日本は二酸化炭素排出を1990年比で6%削減を約束しています。海外からの違法伐採による木材の輸入は禁止されるようになってきています。政府ではない立場からの政策研究に対する理解度においては、政策大学院がかなり設立されてきていますし、政策の用語が付く学会もかなり存在するようになっています。日本式定義のシンクタンクではなく、欧米の定義のシンクタンクに対する認識も広がり、そのようなシンクタンクが創られ活動してきています。行政府側も他の意見を拒否せずに、聞こうとする姿勢が出てきていますし、立法府では、マニフェストという表現で、“陳情”から“政策”政治へと移行し始めています。また、市民の視点からの政策提案が奨励されるようになってきています。NGOの役割の重要性に対する理解度も大幅に改善されました。
NPO法人は5万を超えており、これから更に増加することが見込まれています。多様なNGO/NPOが作られるようになってきて、それぞれの役割分担ができるようになってきています。
しかし、とても基本的な部分の力―自らの目でみて、自らの耳で聞いて、自らの身体で知覚したことを、科学的にデータ採集し分析し、過去の文献を参考にして、新たに起こっている事象の原因を理解し、「共感心」をもって、早急に対応策を具体的に考え策定し、それを実施するという力―は、まだまだ十分とはいえないのではないでしょうか。さらに力強いものに育ててでゆく必要があるのではないでしょうか。
2001年7月に日経エコロジー主催のシンポジウムにおいて、オランダ政府で大臣を務めたPieter Winsemius 氏は、次のような図を示しながら、環境問題が認識され、
理解され、対策がとられる段階を紹介しました。欧米では、科学者が最初に問題を見つけ、活動家やロビイストが政府に働きかけ、企業の連合体が取り上げ、次に個々の企業が対策をとり、やがて、他省が、地方自治体が、、という順で行なわれていると。

大変に残念なことですが、
日本では、科学者が最初の発見者或いは認識者の役割を果たしてきていないようです。日本では、人間の被害者が出始めてからもなかなか認識されずにいたり、問題が隠されたり、科学者がそれに加担したりしてきたようです。そして、環境アセスメントや地球環境問題においては、海外からの情報や働きかけが、この図における最初の認識者-科学者の役割を果たしているようです。
なぜでしょうか。
それは、子ども時代から、知覚された世界の中で学び、考え、意味を想像する力であり、創造性とつながる、「創る」能力を育ててきていないからではないでしょうか。現在は、もうひとつの学習能力である、世界について他人が解釈したものを暗記し記憶する能力の過剰競争を強いてきているからではないでしょうか。私たちは、この問題を、今こそ、真剣に考え、具体的に行動する時ではないでしょうか。毎日、こどもたちは生まれ、育っているのですから、。
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こどもの心の成長と周りとのつながり
動物学者であり人間に関する生態を専門とするポール・シェパードは、コッブの論を発展させ、子どもの発達と母親や自然との関係について図 のように描いています。彼によれば、こどもは自主性を確立することと、まわりと協調することを螺旋を描くように学びながら成長するのだそうです。まず、誕生後に母親とのつながりを知ることで他人との関係を学ぶ。次に身近な具体的な自然に触れることで地球とのかかわりを学び、その後に、目に見えない世界の存在を意識する。そして、責任ある大人として、年上のものとして、指導者として、若い人や仲間と絆をむすび、精神的に成熟した人間へと成長してゆくものである。しかしながら、人間と自然を切り離した思考から発達した工業化社会の中で生まれ育つ子どもは、おのおのの段階におけるつながりに失敗し、他人とよい関係を築けず、自然とも交感できない人間となってゆく。未成熟な大人が構成する社会は幼児化を促し、自然破壊は促進されると指摘しています。

環境心理学者のロジャー・ハートと彼の指導学生のルイーズ・チャウラは、既存の文献を整理して、子どもの環境知覚、環境の理解、自然界とのつながりを持つ動機、モラルの発達を調べました。その結果、子どもが自分のために活動し、遊び、その子どもなりの自主的なやり方で実際に自然に接するという経験が最も大切であり、その過程で得た豊かな満ち足りたその子だけの「個人的な認識、それが後にエコロジカルな責任感へと発達するのではないか」と結論しています。特に、思春期前の13-15歳ころまでの子ども達には、自然との直接的な感覚的な経験が深い意味を持つようです。
風景建築専門のロビン・ムーアは、1970年代にアスファルトの校庭を子ども達の希望を取り入れて、樹木の木陰、草叢、草花、土、池、動物のいる場に作り変え、その前後の子ども達の変化を調べました。10年にわたる調査の結果、アスファルトの校庭では、子ども達は怪我をしたり、怒りっぽくなったり、意地悪になったり、乱暴な言い方になったり、けんかが起ったが、しかし、自然のある校庭では、子ども達同士においても、また、校庭の自然とも積極的で愛情あふれる関係が結ばれ、人に意地悪をしてはいけないと気がつくようだと報告しています。
セラピストの愛原由子は、家庭内暴力を起こす子ども達は、6歳までに身に着けるべき情緒といったものが決定的に不足していると述べています。
「 泥んこ遊びをしたり、川で泳いだりという自然の中での遊びをとおして、子ども達はさまざまな感動を経験します。ときには虫を殺し、花をちぎるといったある種の残酷ささえ体験しながら、その一方で悲しみを深めるなどして、自らの感情を豊かにしていくのです。
が、そうした感動体験をあまり経ていない子ども達は、自分の中の感情をうまくとらえて表現することができません。家庭内暴力の子ども達が一様に、「おまえのせいだ!」と、そんな短絡的な言葉でしか自らを表現し得ないのもその辺に原因の
一端があるわけです。加えて、自然に触れる機会が多ければ、子どもなりに「人間を超える力」が存在することも知るでしょう。その敬虔な気持ちがあれば、人生の
中で誰もが一度や二度は味わうことになる挫折経験も、乗り越えていくことができすものです。でも、家庭内暴力の子ども達はいずれも自己中心的で、自分の世界観
がすべて。それも、テスト、友達、学校といった、ごく狭い視野の中に自らを閉じ込め、異常にその悩みだけに固着しつづけます。」と。
この愛原の著書は、1983年に出されたものです。20年後の現状は、更に悪化してきています。
2006年7月に、リチャード・ルーブ著の『あなたの子どもには自然がたりない “Last Child in the Woods: Saving Our Children from Nature-Deficit Disorder”』2005 (日本語版、早川書房)から発刊されています。
これは、米国でも子ども達が自然の中で遊ばなくなった、遊べなくなったことを危惧して書かれたものです。若者と自然とのつながりを取り戻すのは、ただ、美学とか正義のためだけでなく、私たちの精神的な、肉体的な、そしてこころの健康にかかっているのだから、と。最後にこう書いています。
「私たちが、この地球への愛を子供たちに伝え、私たちの物語を話してやる機会は、 あまりに少ない。しかし、世界が完璧に感じられるのは、こうした時なのだ。私が子供たちと自然の中で一緒にした冒険は、彼らの思い出の中にいつもありつづけるだろう。、、、、、、」(p343)
あの広大な自然景観をもつ米国においても、子供たちが自然の中で遊ぶよりも、四角の画面の中での遊びに夢中になっている状況を、マンフォードさんやコッブさんが知ったならばどのように考えるでしょうか。
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日本の未来へのビジョンを創る
日本は岐路に立っていると思います。過去60年の間に多くの人々の願いを重ねて築いてきた大きな可能性をさらに発展させ、世界の人々の安寧に貢献できるのか。或いは、その可能性の秘める意味を理解できないままに、破壊してしまうのか。人まねではなく新しく自ら創りだす過程には、長い時間と地道な努力の積み重ねが存在していることが忘れられようとしています。
願いと汗と涙と喜びを織み込んで創造したものには、目に見えるものと、見えないものがあることは、ご存知のとうりです。そして、長い時を重ねて犠牲や涙の上に創りあげたものほど、また目には見えないものほど、一度失われると再び創造することはなかなか難しいものです。 しかし一方、負の創る力による破壊は一瞬で簡単に達成できます。今、日本はその瀬戸際にいるのではないでしょうか。
世界第二次大戦敗戦後に急激に工業化社会を成し遂げた日本では、敗戦後61年目の今年から、人口減少が実際に起き始めています。そして、親や大人による こどもへの虐待が増える一方で、少子化対策が叫ばれています。
それにもかかわらず、現在の日本社会では、学校では、子どもたちの生きる喜びと結びついている「創る能力」を育て奨励するのではなく、むしろ、「世界について他人が解釈したものを暗記し記憶する能力」の過激競争を強いています。
子どもたちが苦しみ叫び暴れたり自分自身を傷つけたりするのは、当然ではないでしょうか。
そして、子どもたちが、そうなりたいと愛しあこがれる人間像、すなわち、人間の人間らしさの特徴である、感受性豊かで、深いやさしさとのび のびした想像力をもち、強い道徳的責任感や自己統治能力をそなえているようなモデルを高く評価する観点が、今の日本社会には余りに無さ過ぎるのではないでしょうか。
先の第二次世界大戦或いは太平洋戦争(昭和戦争)においてアジア地域の
1500万人以上の生命を奪い、同胞310万人以上を犠牲にした日本に生まれ育った一人として深い痛みを背負いながら、
日本の、アジアの、世界の
子どもが生き生きと知る喜びに満たされるような社会を、
子どものもっている創造性と想像力を育むことができるような社会を、
そして、
共感をともなった謙虚な知性を育てることができるような社会を、
皆様とともに、創ってゆきたいと願っております。
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多様な生命の恵みを未来の世代も享受できるような発展ビジョン
日本ではユニークな仕組みとして1996年7月に発足した「持続可能な発展のための日本評議会(JCSD)」の事務局長として、私は、「Japan Report」の作成にかかわってきております。
設立10年が過ぎて、新JCSDが形作られてきておりますが、新体制の主要な活動のひとつとして、日本における、東アジア地域における、さらには、地球規模における、
「 多様な生命の恵みを未来の世代も享受できるような発展ビジョン」を描き、戦略を立て、実行してゆく案があります。多様な関係者の参加を得ながら行なってまいります。
ご参考にと、
1-自然資源の利用・配分に関する地球規模での対応の変遷概要 ( 年表 pdfファイル )
2-最新の発展ビジョン創り呼びかけ概念図―三図 ( 1図 2図 3図 pdfファイル )
を添付いたします。
その他、JCSDの活動などにご関心のある方は、 JCSDにアクセスしていただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
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the history of the earth and the distribution of life are illustrated in this time chart.
Photograph by Larry Reynolds George C.Page Museum of La Brea Discoveries.
Los Angels County Museum of Natural History.